乙字湯
【頁内目次】…クリックして下さい。写真は中国の色々。
(Mainly treatment) 便秘傾向の痔核/大腸の血熱や湿熱による痔、出血 |
【中国主治】(Chinese Mainly treatment) 一、各種肛門疾病而有便秘傾向並有少量出血,局部疼痛甚者。 二、輕微?肛者。 |
【適応症】痔核(いぼ痔)、きれ痔、便秘、脱肛、肛門出血、痔核の疼痛、女子の陰部掻痒症、皮膚病の内攻による神経症。 |
【中国臨床應用】(Mainly treatment) 痔核之疼痛、痔出血、肛裂、?肛、婦女陰部癢痛。 |
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【中国辨證】(Dialectic) (1)痔疾肛痛。 (2)便秘。 (3)婦女陰癢。 |
薬は効果(ベネフィット)のみだけでなく副作用(リスク)の可能性もあります。リスクをなるべく抑え、ベネフィットを最大限に引き出すことが大切なのです。薬を使用される方の理解と協力が大いに必要です。 【副作用】(ill effects) 証が合わなかった場合には、下痢(泄瀉)、腹痛、食欲不振、胃の不快感、吐き気などがまれに現れることがあります。 |
【注 意】(Remark)
×残念ながら、身体の虚弱な虚証の方、および食欲不振や吐き気、嘔吐や下痢(泄瀉)など、胃腸の弱っている方は、禁忌(きんき)(服用を避ける)です。 |
【妊娠・授乳の注意】 ●配合生薬の大黄には、子宮収縮作用や骨盤内臓器の充血作用が認められています。そのため、流早産の原因にもなりかねません。大量でなければまず心配ないのですが、妊娠中の服用については医師とよく相談してください。 |
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中医学の証の解説
中医学(漢方)の治療目的は病邪を取り除き、病因を消し去り、陰陽(positive and negative principles)のバランス(balance)の乱れを正し、相関する臓腑の生理機能を調和・回復させることです。 中医学(漢方)の特徴は、身体全体を診るということです。 身体全体の調子(バランス)を整え、病気を治していきます。 ですから、病気の症状だけでなく、一人ひとりの体質も診断しなければなりません。 このときの身体の状態や体質をあらわすのが証(しょう)(constitution)という概念です。 この考え方は、西洋医学が臓器や組織に原因を求めていくのとは対照的です。 中医学(漢方)の良さは、薬そのものよりも、証にもとづき人を診るという、その考え方にあります。 |
次の症状のいくつかある方は、本方剤が良く効く可能性が大きいです。 |
【使用目標】 本方剤の適応する使用目標は次のとおりです。 ●便秘気味、あるいは便が硬く、排便時に痛みや出血を伴う。 ●痔の痛み、かゆみ、出血がある。 ●血便が出る。 |
【八法】…清法:熱邪を清解することにより裏熱を消除する治法です。 |
【中薬大分類】清熱剤…熱を除去する方剤です。清熱・瀉火・解毒・透熱滋陰などの効能により裏熱を改善する方剤です。 【中薬中分類】清臓脇熱剤…臓腑の熱を除去する方剤です。 |
裏熱実(りねつじつ)
…証(体質・症状)が、裏証(慢性的)、熱証(ホカホカ)、実証(比較的体力充実)の方に適応します。
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【気血津液】…人体の生命を支える要素として、氣(qi)・血(blood)・津液(body fluid)の3つがあります。 ●水液停滞…余分な水があまっている方が使用します。津液の停滞のことで、西洋医学的には細胞内液・組織液・リンパ液などが、主として組織間・消化管内・体腔内に異常に停滞したことを意味します。 中医学では湿・痰飲・水腫と呼ぶのが一般的で、日本では水毒ともいわれます。 |
【気血津・臓腑証】 痔核の脱出・痔出血・脱肛・血熱(じかくのだっしゅつ・じしゅっけつ・だっこう・けつねつ)…痔核の脱出・脱肛・痔出血に対して作られた処方で、昇提の柴胡・升麻によって支持組織の緊張を高め、止痙・止痛の当帰・炙甘草によって肛門部の痙攣(けいれん)を緩めて脱出を還納し、黄ക・大黄で止血し、清熱薬によって消炎し炎症性腫脹を改善する、処方構成です。 さらに、清熱瀉火・解毒の薬物を活血の当帰によって全身にめぐらせる配合(「薬効を血分に引き入れる」と表現する)ことから、熱証一般に用いることも応用のひとつです。陰部の掻痒に効果があることが経験的にわかっていますが、陰部のみでなく全身各所の血熱の発疹・掻痒などに用いる価値があります。 |
【証(病機)】大腸実熱(だいちょうじつねつ) |
【中医学効能(治法)】 升提・緩急・清熱化湿・止痛 |
【用語の説明】(term) 清熱化湿法(せいねつけしつほう) »…寒涼性の生薬を用い、湿や熱邪、発熱・嘔吐・下痢・尿不利・腹脹を治します。 止痛(しつう) »…痛みを止めることです。 大腸(だいちょう) »…六腑の一つで、水分を吸収し残りを大便として排出する機能の部分です。 実熱(じつねつ) »…外からの熱邪の侵襲、ストレス、飲食の不摂生による熱の発生などの症候です。(実火) |
【出典】
(source) 西暦1810年 江戸時代 『叢桂亭医事小言』 原南陽 →処方使用期間:198年間 |
【備 考】
(remarks) ●(参考)これまでの経験で、原因不明のうつ状態に著効を示した例が何例か報告されています。 ●江戸後期の由緒正しき和方の変方 漢方医学で現在用いられている大部分の処方は、中国医学として伝えられ1000年以上も経つものです。その中にあって、乙字湯(厳密には、現在の乙字湯の基となる処方)は、'江戸時代の末、水戸藩の侍医であった原南陽という日本人によって作られました。原南陽は、自製の常用処方に甲字湯、乙字湯、丙字湯という具合に、十干の文字を付けて命名したとされており、乙字湯はその中の第2番目の処方という意味合いになります。その後、明治時代の名医、浅田宗伯によって改良され、小柴胡湯の変方として現在までに広く使われる処方になりました。 当時は、馬を利用した移動手段、騎兵隊など、主に尾腿骨の変形によって痔が悪くなったようです。現在でも、椅子に腰掛けたままの姿勢が続く職業の人に多いようですが、そのような痔に限らず、ストレスが原因で血便が出るという潰瘍性の大腸炎にも効くことが特徴です。 |
●肝機能を改善して痔を治療する 単に痔といった場合は「痔核=いぼ痔」が一般的ですが、ほかに「痔痩(じろう)=孔痔(あなじ)」、「裂肛(れっこう)=切れ痔」、「脱肛(だっこう)=出痔(でじ)」など、いくつかのタイプがあります。 痔核は、肛門部に巡っている静脈の血行が悪くなり、停滞した瘀血が原因で腫れ物ができるタイプです。初めのうちは排便痔に出血があり、進行すると腫れ物(=いぼ)が肛門の外に出るようになってくるものです。 また、痔痩(じろう)は、肛門に細菌性の炎症が起こって膿がたまり、肛門の周辺に膿のトンネルができてしまうものです。裂肛は、肛門の粘膜が切れて傷ができるもので、排便時に出血したり、強烈な痛みを伴うものです。 そして、脱肛は、直腸がひっくり返って下がり、肛門から出てしまうものです。これらのうち、漢方薬が多く使われるのは痔核ですが、そのほかの痔に関しても、早めの対処法として効果が得られることもあるので、試してみる価値は大いにあります。 このような痔の原因はさまざまですが、刺激が強い偏った食事、お酒の飲み過ぎ、冷え症、消化機能の低下などが考えられる場合、肝臓の状態と深くかかわってきます。 つまり、肝臓の故障によって痔核が起こり、その影響で便秘になり、さらには宿便がたまるようになると、それがまた肝臓への悪影響となるのです。また、便秘や宿便の影響で吹き出物が出やすくなるのと同様に痔核も悪化し、便が硬くなれば裂肛も誘発されるなど、悪循環に陥ります。こうした悪循環を断ち切るには、肝機能の調整効果がある柴胡や血液循環を促す当帰、炎症を鎮める黄芩や大黄、痛みを和らげる甘草などの配合された乙字湯が、急性、慢性を問わずに効果を発揮します。 |
●婦人科系の辛い悩みにも乙字湯 便秘やストレスによって起こる痔のほかに、女性には出産の影響で痔になってしまう場合があります。 治験例によると、5回の分娩を経験した32歳の主婦の場合、初産の直後から切れ痔で出血が続き、その後の分娩でさらに症状が悪化しました。座薬などはまったく効かず、5回目の分娩後は軽い脱肛を伴って、頭痛、便秘、冷え症がひどくなったといいます。そこで漢方の専門医に相談。乙字湯(大黄を1から1.5に増量)の煎じ薬と、当帰芍薬散を1日3g温服しました。すると、約1ヵ月で完治したそうです。このようなときは、ほうっておかず、悪化する前にまず乙字湯を服用すると良いのです。 また、女性特有の陰部に関するかゆみや痛みにも効くのが乙字湯です。例えば、外陰部がかゆくなる「陰部掻痒症」や、外陰部にかゆみを伴う湿疹ができてしまう「陰部湿疹」、そして、病的なおりものが出るといった「帯下」などがそれで、さらに痛みを伴う「前陰痒痛」にも効果的です。 |
左の写真は当帰の花です。 当帰の作用は次の通りです。 ●補血作用…血の機能を高め、身体の栄養分を補います。 ●行血作用…子宮を収縮して、瘀血(流れの滞った状態の血液)を排出したり、子宮の痙攣を抑えます。 ●潤腸作用…腸内の水分不足を改善し、便秘に効果を発揮します。 ●調経作用…月経を調節します。 ●鎮静作用…気持ちを静める作用です。 |
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【治療の特徴】 中医学(漢方)における治療の特徴は、「病気そのものにこだわらず、体質の改善によって健康に導く」ことと、 「自然の生薬(herb)を処方した漢方薬を使う」ことです。 生体における「気=エネルギー(energy)的なもの・肉体の機能や働き」、「血=血液」、「津液=体内水分」の3要素が身体をバランス(balance)良く循環することが大切だと考えます。 人間の健康は、これら「気」(陽)と「血・津液」(陰)の調和のもとに保たれています。「血・津液」は、原動力となる「気」のもとで初めて活性化され、全身を循環して五臓六腑に栄養を供給します。 この陰陽(positive and negative principles)が調和していれば、健康でいられますが、陰陽のバランスが崩れると、さまざまな病気が起きてくるのです。 |
中薬(成分生薬)の解説
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1.柴胡・升麻は、平滑筋や肛門支持組織の緊張を強め、脱出した肛門を正常位に復させます(升提)。 2.甘草(炙甘草)・当帰は、鎮痙作用をもち、収縮した肛囲筋を緩め、脱出した肛門の還納を容易にします(止痙)。 3.当帰は、うっ血を改善し(活血)、黄芩は充血を緩解します(涼血)。 4.柴胡・升麻・黄芩・大黄は、消炎に働きます(清熱瀉火)。 5.黄芩・大黄は、炎症性滲出を抑制します(清熱化湿)。 6、大黄は瀉下作用により、当帰は潤性成分による潤腸作用により、糞便の排出を促します。 7.臨床的に、陰部の痒みに著効があります。 (補足) 本方は、「升提」と「止痙」を組み合わせた処方で、脱肛(弛緩)と周辺部の収縮性絞扼がみられるものに適応します。 |
【中薬構成】(herb composition)
柴胡・黄苓の組み合わせが基礎になっているので、一応柴胡剤の一つに数えることができ、大黄が入っているので実証向き、すなわち大柴胡湯の系統の方剤と見ることができます。しかし一面、当帰・甘草のような補性薬も入っているので、著しい実証向きとは言い難いです。 |
●方 解
本方適用於不甚嚴重之痔疾、便秘傾向並有少量出血、局部疼痛至Q者。 方中柴胡、升麻能去下腹部之濕熱;當歸、甘草能緩和止痛,滋潤通和;??能清腸熱;大?促進大腸的蠕動而通便。 |
病症・腹診・舌診・脈診について
病症は、この症状に当てはまることがあれば、効く可能性が大きいです。
症例・治例は、クリックして具体的な例をお読み下さい。
腹診は、お腹の切診です。日本漢方でよく使用されます。
舌診は、舌の状態の望診です。証の判定の有効な手段です。
脈診は脈の切診です。脈の速さは、確実に判定できますが、それ以外は難しい技術です。
各説明ボタンをクリックしてお読みください。
●処方名:乙字湯(おつじとう)比較情報 |
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【合方】(複数の漢方薬を合わせた処方) 他剤との効用併用を示します。合方は良効なケースが多いです。 本方の証の方で、さらに次の症状がある方は、合わせて次の方剤を飲むと良く効きます。
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【中国藥方加減】(Dialectic) 1.便秘甚者:加大?、枳實。 2.陰部癢痛:加銀花、連翹、蛇床子。 3.?肛崩血:加K地?、生地、?連。 4.肛痛甚者:加甘草、乳香。 5.痔核並腹部?血者:合桂枝茯苓丸。 6.腸風下血:合槐花散。 |
中医学のベースにあるのが、「陰陽五行説」と呼ばれる思想です。「陰陽論」と「五行説」の2つがいっしょになったものですが、どちらも自然や人体の観察から生まれた哲学的な思考法です。
陰陽論では、自然界のあらゆるものを「陰」と「陽」の、対立する2つの要素に分けて考えます。陰と陽は相反する性質をもっていますが、一方がどちらかを打ち負かしてしまうことのないように、常にバランスをとりあっています。自然界では、夜は陰で、昼は陽、月は陰で、太陽は陽、水は陰で、火は陽とされます。また、人体では、「五臓」が陰で、「六腑」が陽、背中が陽で、おなかが陰とされます。こうした陰と陽の分類は絶対的なものではなく、比較する相手によって変化します。たとえば、背中とくらべるとおなかは陰ですが、同じおなかでも上のほうは陽で、下のほうは陰となるといった場合です。
五行説では、自然界のさまざまな要素を「木」「火」「土」「金」「水」の5つの要素である「五行」に分けて考えます。これらの5つの要素には、それぞれ特徴的な性質があります。木はまっすぐ上に伸びる性質、火は燃え上がる性質、土は生み育てる性質、金は変化・収縮させる性質、水は下に流れて潤いをあたえる性質があるとされます。
それぞれの性質によって、五行は、お互いに助け合ったり、牽制し合ったりしながら、全体のバランスを保っています。五行が相互に助け合う関係を「相生」といい、牽制し合う関係を「相克」といいます。人体の「五臓」の間にも、こうした相生や相克の関係があり、五行説の考えかたは診断や治療にも生かされています。